私は、東海地方に住んでいるので、名古屋のホテルと言っても、特別すごいとか、ここに泊ってみたいといったホテルはありませんでした。しかし、やはり名古屋のホテルで一度は泊ってみたいと、地方の友人から言われるのが、「アソシア」であります。名駅から連結している立地の良さと高級感は、名古屋のホテルのシンボルと言えます。
ネットで可能になった今日この頃。ホテルでもホームページを開設していたりして、読んでみると宿泊者からのお礼のメールなどがあります。姉も国内旅行をしようと、ホテルの予約をしたそうだ。直後に妊娠が発覚し、それでも体調がよければ行くつもりだったがつわりが重くキャンセルすることに。メールにて、経緯とともにキャンセル料を問い合わせたら、元気な赤ちゃんが生まれたらまた来てください、とキャンセル料を受け取らなかったとのこと。いたく感激した姉は去年、同じくネットからホテルの予約をしたそうだ。電話でなくても心が伝わることはあるのですね。
◆報知新聞社後援 ワールドプレミアムボクシング ▽WBC世界フライ級挑戦者決定戦 ○五十嵐俊幸(判定 3─0)ウィルベルト・ウイカブ●(6日、東京・代々木競技場第二体育館) WBC世界フライ級指名挑戦者決定戦は、同級2位の五十嵐俊幸(27)=帝拳=が3―0の判定勝ちを収め、世界挑戦権を獲得した。
世界へのリハーサルは上出来だった。勝ち名乗りを受けた五十嵐は「勝てたんでホッとしています」と、両手を掲げて破顔した。序盤、ウイカブが接近戦に強いことがわかると、徹底したアウトボクシングで相手をさばいた。「世界1位だけに強かった。最後まで足を使えました」と、満足げだった。
会場では郷里の秋田・由利本荘市から駆けつけた60人を含む360人の応援団がおそろいの赤いTシャツを着て応援。「いろんな人に支えられているので頑張りたい」と感謝した。挑戦者決定戦とはいえ、公開練習、調印式などの行事は世界戦と同じ。「リハーサルはできました。体力面、メンタル面など課題は分かりました」。視線は同級王者・ポンサクレック(タイ)へ。頂点への扉は確かに開かれた。
◆五十嵐 俊幸(いがらし・としゆき)1984年1月17日、秋田・由利本荘市生まれ。27歳。東農大時代に04年アテネ五輪に出場し1回戦敗退。06年8月、プロデビュー。08年8月、日本フライ級暫定王座を獲得も、同12月、正規王者・清水智信(金子)との王座統一戦で判定負け。今年2月、日本同級王座獲得(防衛1回)。身長166センチの左ボクサーファイター。家族は夫人と1男。
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◆女子プロゴルフツアー ミズノクラシック最終日(6日、三重・近鉄賢島CC=6506ヤード、パー72) 「神の手」ならぬ「神の頭」が上田桃子(25)=フリー=の09年アクサレディス以来、2年ぶりとなる涙の復活Vをアシストした。9番で第1打がギャラリーの頭に当たりフェアウエーに戻るミラクルバーディー。69で回り、16アンダーで並んだ中国の馮珊珊(22)をプレーオフ3ホール目で振り切った。今大会は日米両ツアーを兼ねており、日本ツアー9勝目。米ツアーでは07年大会に続く2勝目で、08年に同メンバーになってからは初優勝。
4メートルのバーディーパットが最後のひと転がりでカップに落ちた。馮とのプレーオフは3ホール目で決着。桃子の元に真っ先に駆け寄ってきたのは米ツアーを共に戦う藍と美香だった。「2人の顔を見たらダメだった」あとは涙が止まらない。「もう勝てる日は来ないのかも、とずっと思っていた」。2年ぶりに味わう歓喜に取り乱した。
3打差をつけて最終日を出たが、各選手の猛追にあった。1日にコースで指導を受けた谷口徹から前夜に電話で言われた「追いつかれた時に追いつかれたと思うか、ここからと思えるかだ」を思い出し、やりきった。
4人が13アンダーに並び迎えた9番ではミラクルが起きた。ティーグラウンドでキャディーが叫んだ。「ファー!!」。第1打は右へ大きく曲がりギャラリーの中へ。しかし男性ギャラリーの“ヘディング”で20ヤード跳ねてフェアウエーど真ん中へ戻った。「申し訳ない気持ちだったけど、フェアウエーに運んでくれたボール。大切にしようと思った」。5アイアンでピン右80センチへピタリ。男性に大きなけがもなく、バーディーを呼ぶ奇跡のアシストとなった。
昨年シーズン途中に右膝を痛め、負担のかからないようスイングを改造。そして迎えた米ツアー4年目の今季、日本でも結果が出ずにどん底まで落ちた。9月には2週連続の予選落ちも味わった。初めてゴルフをやめようかと思った。熊本の実家で両親と家族会議を開き「一度クラブを置こうと思う」と打ち明けた。毎試合のように帯同し、苦楽を共にしてきた母・八重子さんは「やめたいならやめていいよ。でも、つま先でもいいから立ち続けることは大事なことなんだよ」と突き放した。「じゃあ立つよ」。持ち前の負けん気が再燃した。
今大会はミスも受け入れ、笑顔を忘れず「3日間格好つけずにプレーできた」。前夜は眠れないほど緊張したが、楽しむことをやりきった。「技術、精神と両方兼ね備えて、米3勝目へ頑張りたい」。07年には賞金女王にも輝いたイケイケ娘が大きな壁を打ち破り、自信を取り戻した。
◆上田 桃子(うえだ・ももこ)1986年6月15日、熊本市生まれ。25歳。10歳からゴルフを始め、東海大二高1年の2002年に九州女子アマで2位。05年のプロテストに一発合格。07年は4月のライフカードレディスでツアー初優勝を飾ると5勝を挙げ、21歳で史上最年少賞金女王に輝いた。同年ミズノクラシックVで得た出場権で08年から米ツアーに本格参戦。家族は両親と姉、弟。161センチ、54キロ。血液型A。
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